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稲生物怪録

江戸中期、実在した三次藩士・稲生武太夫の体験をまとめたとされる妖怪物語「稲生 物怪録」。
明治期には泉鏡花ら文人によって作品化され、全国的に知られるようになりました。
秋口から三次一帯に広がる深い霧の海。江戸時代も変わらぬこの幽玄な景勝は人々を幻想の世界へと誘うのかもしれません。

平太郎と百物語

「稲生 物怪録」は稲生武太夫(幼名 平太郎)が16歳だった寛延2年7月の1カ月間に起こった怪奇をそのまま書き記したといわれています。物語は平太郎と三井権八という相撲取りが、三次町の北にそびえる比熊山に登り、古塚の脇で当時流行していた妖怪を呼び出す百物語をするところから始まります。その後、妖怪の怒りをかった平太郎の屋敷には30日間にわたって女の逆さ生首や一つ目など、さまざまな化け物が出没。平太郎はこれを次々と退け、最後は妖怪の魔王から木槌をもらう、というお話です。
『稲生 物怪録』の原本は広島市に住む武太夫の子孫に伝えられ現存しており、物語終盤の重要な鍵を握る木槌も、国前寺(広島市東区)に実在しています。多くの研究者の心を引きつけたこの物語の主人公・稲生武太夫を祭っている稲生神社(広島市南区)には、昨今の妖怪ブームもあり、荒俣宏や京極夏彦、水木しげるも調査に足を運んだといいます。


三次市三次町の屋敷跡に建てられている稲生武太夫の碑。


6日目に現れた老婆の大きな顔。


26日目の難、女の首。


30日目、やってきた武士の大きな頭からミミズが飛び出す。~吉田家本より。


物語の冒頭で平太郎が百物語をした舞台となった比熊山。